この記事では、映画『コーダ あいのうた』の結末・ラストをネタバレありで解説し、この映画に関する疑問や謎を分かりやすく考察・解説しています。
映画『コーダ あいのうた』の結末・ラスト(ネタバレ)
映画『コーダ あいのうた』のラストでは、主人公のルビーが音楽学校に進学するために家族と別れを決意します。この決断は、彼女にとって大きな勇気が必要なものでした。なぜなら、ルビーは聴覚障がいを持つ家族の中で唯一聞こえる存在であり、家族の生活や仕事のほとんどをサポートしてきたからです。しかし、自分の夢である音楽を追いかけるために、彼女は家族のもとを離れることを選びます。
ルビーは音楽の試験に合格するために、試験の場で歌を披露します。その際、歌うだけでなく、手話を使って家族にも自分の歌を伝えるという感動的なパフォーマンスを見せます。この場面では、音楽だけでなく家族とのコミュニケーションも大切にする彼女の思いが強く表現されており、家族も初めて彼女の歌の意味を理解することができます。
その後、家族はルビーの進学を応援することを決意します。最も強く依存していた父親も、彼女の未来を応援し、彼女の夢を尊重する姿を見せます。ラストシーンでは、ルビーが家を離れる前に、家族全員に「I really love you(本当に愛している)」という手話を見せます。この手話は、彼女の家族に対する深い愛情を表現するもので、たとえ距離が離れてもその絆は変わらないことを伝えます。
最後に、ルビーが家を出て新しい世界に飛び込む場面が描かれます。車の中から、彼女は家族との別れを惜しみながらも、自分の未来への希望を胸に抱いています。このラストは、ルビーが自分の道を選び、新しい挑戦に向かう勇気を持つことを象徴しています。彼女は家族の支えを背負いながらも、自分自身の人生を歩み始めるのです。
『コーダ あいのうた』の結末は、家族の愛と理解がどれほど大切かを描くと同時に、夢を追いかける勇気の大切さを伝える感動的なものです。家族との絆は決して断たれることなく、ルビーが選んだ新しい道が彼女の成長と未来を切り開くことを示唆する素晴らしい締めくくりとなっています。
映画『コーダ あいのうた』の考察・解説(ネタバレ)
映画『コーダ あいのうた』は、実話を元にしているのか?
『コーダ あいのうた』は特定の実話を元にした映画ではありませんが、フランス映画『エール!(原題:La Famille Bélier)』をリメイクした作品です。どちらの作品も、聴覚障がいを持つ家族の中で唯一聞こえることができる子どもが、家族のサポートと自分の夢との間で葛藤する物語を描いています。こうしたテーマは、多くの実際のCODA(Children of Deaf Adults:聴覚障がいのある親を持つ子どもたち)の生活や体験に根ざしており、現実の問題を反映しています。
映画の中で描かれる家族の関係や、コミュニケーションの困難さ、そして周囲からの理解を得ることの難しさは、多くのCODAが経験する現実を忠実に反映しています。特に主人公ルビーが家族を助けるために自身の夢を諦めるかどうか悩む姿は、多くのCODAが感じる責任感や葛藤を象徴しています。
このように、物語自体はフィクションですが、現実のCODAが直面する問題や家族との関係をリアルに描いているため、多くの視聴者にとって感情移入しやすいものとなっています。
映画『コーダ あいのうた』に寄せられた批判とは?
『コーダ あいのうた』は多くの賞を受賞し高く評価されましたが、一部の視聴者からは批判的な意見も寄せられました。主な批判の一つは、「聴覚障がい者の家族が依存的に描かれすぎている」という点です。映画では、主人公ルビーが家族にとって重要な通訳の役割を果たしており、その負担が強調されています。これが、一部の視聴者には障がいを持つ人々が常に健常者に頼る存在として描かれていると感じられたのです。
また、物語の展開がややステレオタイプ的だという指摘もあります。ルビーが自分の才能を発見し、葛藤を経て夢を追いかけるという展開は感動的ではありますが、予測しやすい展開だという批判もあります。さらに、一部の人は「家族と夢の間での葛藤」というテーマが現実的な深さに欠けていると感じ、物語がやや表面的だと指摘しています。
ただし、こうした批判がある一方で、映画がCODAの存在を世間に広く伝え、聴覚障がいを持つ人々の生活への理解を深める役割を果たしたという評価も多くあります。
映画『コーダ あいのうた』は、なぜつまらないと言われているのか?
『コーダ あいのうた』が一部の視聴者から「つまらない」と言われる理由には、物語の展開が予想しやすい点が挙げられます。映画のストーリーは、主人公が夢を追いかける中で家族との葛藤を乗り越えるという、感動的な成長物語として描かれていますが、その構成が典型的なサクセスストーリーの形式に沿っているため、展開が予測しやすいと感じる人もいました。
また、映画の中でのキャラクターの葛藤がやや軽く描かれていると感じた観客もいます。ルビーが家族と自分の夢の間で悩む部分はあるものの、その問題が解決に向かう過程が比較的スムーズであり、現実の困難さが十分に反映されていないという意見もありました。
さらに、音楽をテーマにした映画であるにもかかわらず、音楽シーンが少ないと感じた人もいます。特にルビーが音楽学校の試験を受ける場面以外では、音楽がストーリーに強く結びついていないため、期待外れと感じる人もいました。
映画『コーダ あいのうた』で、マイルズが音大の試験に落ちた理由
映画の中で、ルビーと共に音楽学校の試験を受けたマイルズが合格できなかった理由は、彼の演奏が不安定であったことが原因です。試験当日、マイルズは緊張のためか実力を十分に発揮できず、パフォーマンスが期待に届きませんでした。彼の演奏には、技術的な問題だけでなく、心のこもった表現が欠けていたことも影響したと考えられます。
マイルズの試験結果は、彼自身の成長の過程を象徴するものであり、失敗が彼にとっての新しい学びとなる瞬間を示しています。彼の落選は、ルビーとの関係にも影響を与えますが、同時に彼が音楽の世界でさらに努力を続けるための動機付けにもなります。
また、このシーンは物語全体のテーマである「自分自身の道を見つけること」にも繋がっています。ルビーが音楽を通じて成長し、自分の夢を追いかける一方で、マイルズの失敗は、人生の中での失敗や挫折が避けられないものであることを示しています。このように、マイルズの試験結果は、彼の成長を描くと同時に、物語全体にリアリティを与える役割を果たしています。
映画『コーダ あいのうた』の最後の手話の意味は?
映画のラストシーンで、ルビーが家族に別れを告げる際に見せる手話のサインは、「I really love you」という意味を持ちます。彼女は、家族と夢の狭間で葛藤していたものの、最終的には自分の未来のために音楽の道を歩む決断をします。その別れの瞬間、彼女が見せるこの手話は、家族への深い愛と感謝を表現しています。
このサインは、中指と人差し指をクロスさせて行うもので、通常の「I love you」という表現よりも感情がこもった「本当に心から愛している」という意味になります。ルビーにとっては、家族を置いて一人で新しい世界に飛び込むことは大きな挑戦ですが、それでも彼女が家族への愛を決して失っていないことを示す重要なシーンです。
この手話のシーンは、物語の感情的なクライマックスであり、ルビーと家族の絆がどれほど深いかを視覚的に表現しています。家族にとっても、彼女が新しい道を選んだことを理解し、応援する気持ちを伝える瞬間となっています。視覚と言葉が交錯するこの場面は、映画全体のテーマである「コミュニケーションの多様性」を象徴するシーンでもあります。
映画『コーダ あいのうた』には気まずいシーンがあるのか?
『コーダ あいのうた』には、観客が気まずいと感じるシーンがいくつかあります。その中でも特に印象的な場面は、ルビーが家族の通訳を務める場面で、性教育に関する医師の話を家族に伝えなければならないシーンです。このシーンでは、両親が恥ずかしげもなく医師の前で性の話題を扱い、ルビーがそれを逐一通訳する様子が描かれます。彼女は親の言葉を訳しながら、非常に気まずそうな表情を浮かべており、観客もその不自然な状況に笑いながらも同時に気まずさを感じるでしょう。
さらに、家族が自分たちの性生活についてオープンすぎる態度を見せる場面もあります。例えば、両親が互いに愛情を示し合う場面では、娘の目の前でのスキンシップが描かれ、ルビーがその場に居づらく感じる様子がコミカルに演出されています。このようなシーンは、観客にとっては笑える一方で、主人公の立場に立ってみると非常に気まずい瞬間として映ります。
こうしたシーンは、家族の関係性をユーモアを交えながら描くことで、物語にリアリティと温かさを与えています。一方で、家族とのコミュニケーションが時に不器用で、時には不快に感じられる瞬間があることも示しており、それが観客に共感を呼ぶポイントになっています。
映画『コーダ あいのうた』の最後の歌について
映画の最後で、ルビーが音楽学校の試験で披露する歌は、ジョニ・ミッチェルの名曲「Both Sides, Now(青春の光と影)」です。この曲は、人生のさまざまな側面を経験した後で感じる喜びと悲しみ、成功と失敗の二面性を歌ったものです。歌詞には、人生を理解したように思っても、その全貌を捉えきれないという気持ちが込められています。
ルビーはこの曲を歌う際に、手話を交えて歌うことで、自分の声だけでなく、家族とのコミュニケーションも大切にしていることを表現します。このパフォーマンスは、彼女が自分自身の道を歩みながらも、家族との絆を忘れないというメッセージを込めた感動的な場面です。手話を使った歌唱は、聴覚障がいのある家族にとっても特別な意味を持ち、彼らが初めて彼女のパフォーマンスを共有できる瞬間となります。
この場面は、映画のテーマである「理解し合うこと」の象徴であり、音楽を通じて人々が繋がる喜びが描かれています。「Both Sides, Now」の選曲もまた、ルビーの人生がこれから始まる新たな旅と、それまでの経験の光と影を示唆するものとして、物語の締めくくりにふさわしい一曲となっています。
映画『コーダ あいのうた』のキャストにろう者はいるのか?
映画『コーダ あいのうた』では、聴覚障がいを持つ家族のリアリティを高めるために、実際のろう者がキャスティングされています。主人公ルビーの母親ジャッキーを演じたマーリー・マトリン、父親フランクを演じたトロイ・コッツァー、そして兄のロイを演じたダニエル・デュラントの3人は、全員が実際にろう者です。
マーリー・マトリンは、ろう者として初めてアカデミー賞の主演女優賞を受賞した実績があり、長年にわたり映画業界でろう者の権利や表現を向上させる活動を行っています。彼女がジャッキー役を演じることで、母親としての愛情と、社会の中で障がいを持つ親としての葛藤がリアルに描かれています。
また、トロイ・コッツァーは、父親フランク役でのユーモラスで温かい演技が評価され、アカデミー賞の助演男優賞を受賞しました。彼の演技は、聴覚障がいを持ちながらも強い絆で家族を支える父親像を力強く描いています。ダニエル・デュラントが演じる兄のロイも、家族の中で自立を求める葛藤を抱えながら、妹ルビーとの兄妹関係を繊細に表現しています。
このキャスティングは、単なる物語のリアリティを高めるだけでなく、ろう者の俳優が映画でどのように活躍できるかを示す重要な一例です。映画を通じて、聴覚障がいに対する理解が深まり、ろう者が社会の中でどのように生きているのかをリアルに伝える作品となっています。
映画『コーダ あいのうた』のルビーのその後とは?
映画の終盤で、主人公のルビーは家族のもとを離れ、音楽の夢を追いかけるために音楽学校に進学することを決意します。この決断は、彼女にとって非常に大きなものでした。なぜなら、彼女は家族の通訳として生活の多くを家族のために捧げてきたからです。それでも、自分の夢を追いかけることで、自分の人生を自らの手で切り開く決意を示しました。
映画のラストシーンでは、ルビーが車で家を離れる前に、家族に向かって「I really love you(本当に愛している)」と手話で伝えます。この別れのシーンは、ルビーと家族の関係が深く愛に満ちたものであることを示し、たとえ距離が離れてもその絆は変わらないことを伝えています。
ルビーが音楽学校に進学することで、彼女は自分自身の新しい世界に踏み出します。家族と一緒に過ごした時間は彼女にとって大切なものであり、家族との絆は彼女の心の支えとなり続けるでしょう。また、彼女が学ぶことで、音楽の世界でさらに成長し、自分の声をより多くの人々に届ける力を手に入れることが期待されます。
ルビーのその後について映画では具体的には描かれていませんが、彼女が家族への愛を胸に抱きながら、新しい環境で努力を続けていくことが暗示されています。彼女の物語は、夢を追いかける勇気と、家族との絆の力を伝える感動的なものです。家族のもとを離れても、彼女が築いた愛と理解の関係は、彼女の人生の支えとなり続けるでしょう。
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