この記事では、映画『シークレット ウインドウ』の結末・ラストをネタバレありで解説し、この映画に関する疑問や謎を分かりやすく考察・解説しています。
映画『シークレット ウインドウ』の結末・ラスト(ネタバレ)
映画『シークレット ウインドウ』の結末では、主人公モート・レイニーが実は自分自身の中にもう一つの人格「ジョン・シューター」を作り出していたことが明らかになります。モートは作家であり、妻エイミーとの離婚問題に苦しむ中、自分の小説を盗作だと主張する謎の男シューターに悩まされていました。しかし物語が進むにつれて、シューターが実在の人物ではなく、モート自身が生み出した別人格であることが分かります。
ラストシーンでは、モートがシューターの人格に完全に支配され、暴力的な行動に出ます。彼はエイミーと彼女の不倫相手テッドを殺害し、二人の遺体を自宅近くの畑に埋めます。その畑ではトウモロコシが育ち、モートはそのトウモロコシを食べながら穏やかに生活しているように見えます。しかし、彼の行動や言動はどこか異様で、不気味な静けさを漂わせています。このシーンは、彼が完全にシューターと一体化し、自分の犯罪を受け入れたことを象徴しています。
映画は、モートが「新たな人生を始めた」と語る姿で終わりますが、観客にはその「新たな人生」が狂気に満ちたものだと暗示されています。モートの心理的な崩壊と、その裏にある恐ろしい真実を強く印象付けるエンディングとなっています。
映画『シークレット ウインドウ』の考察・解説(ネタバレ)
映画『シークレット ウインドウ』のラストシーンで、トウモロコシを食べているのはどっち?
ラストシーンでトウモロコシを食べているのは、主人公モートとその別人格であるシューターが統合された状態です。モートは作家でありながら、心の中に抑え込んでいた破壊的な衝動を抱えており、その衝動がシューターという別人格として具現化していました。映画のクライマックスでは、モートが妻エイミーと彼女の不倫相手テッドを殺害し、その後シューターが完全にモートの中に取り込まれます。この統合により、モートは彼自身の中に存在していた暴力的な人格を受け入れることになりました。
トウモロコシを食べるシーンは、この統合の象徴といえます。トウモロコシは畑で栽培されており、その根の下にはエイミーとテッドの遺体が埋められています。これにより、モートが自分の過去の行為を受け入れ、日常を生きているように見える一方で、その生活の裏には深い罪が隠されていることを暗示しています。このラストは、モートの精神状態の歪みと彼の真実が観客に重くのしかかるシーンとなっています。
映画『シークレット ウインドウ』は怖い映画?
映画『シークレット ウインドウ』は、ホラーというよりはサイコスリラーに分類される作品です。作品の中心となるのは、主人公モートが抱える精神的な葛藤と、その中から現れる別人格のシューターとの対立です。観客を恐怖に陥れる要素は、血みどろの暴力や直接的な恐怖シーンではなく、人間の心の奥底に潜む闇や、現実と幻想が交錯する不安定な状況から生まれます。
特に怖いとされるのは、モートが次第に自分の行動をコントロールできなくなり、暴力的な行動へと至る過程です。観客は彼の精神状態の崩壊を目の当たりにし、次第に真実に近づく中で彼の中の隠された人格が浮き彫りになる展開に引き込まれます。このように、直接的なホラー要素が少なくても、心理的な恐怖やサスペンスが強調されており、特定の観客層に強い印象を与える内容になっています。
映画『シークレット ウインドウ』の別エンディングとは?
映画『シークレット ウインドウ』の別エンディングでは、ラストシーンで畑のトウモロコシの根元がアップで映し出されます。ここでは、地面の下に埋められたエイミーと彼女の不倫相手テッドの遺体が示唆され、モートの犯した犯罪の痕跡が明確に描かれています。このシーンは映画本編のラストよりもさらに直接的で、生々しい結末を迎えています。
別エンディングでは、モートがトウモロコシを食べる描写がより意味深に描かれており、その行為が彼の罪の象徴であるかのような暗示が込められています。また、このラストでは、モートが完全にシューターと一体化し、モートという人物そのものが崩壊していることを示しています。DVDの特典として収録されているため、本編とは違った視点で映画を捉えることができる興味深いエンディングです。
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